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「無知」再考

クセノフォン的ソクラテス

この数ヶ月というもの、光文社古典新訳文庫のクセノフォン『ソクラテスの思い出』(相澤康隆訳、2022)を、Loeb版の希語と突き合わせて読んでいました。クセノフォンのソクラテス像というのは、プラトンのものよりも、どこかしら皮肉な(キュニコス的な)強烈さが薄く、好人物な面が浮き出ているような気がします。でも、ギリシア語的には少しとっつきにくい感じです。

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このソクラテス像の違いというもの興味深いのですが、ここでは最後のほうに出てくるソクラテスの学問的姿勢に注目したいところです。邦訳から引いておきましょう。

総じて言えば、神が天空の現象のそれぞれをどのように設計しているかについて思いを巡らすような思索家となることを彼は戒めたのだった。なぜなら、それらは人間には解き明かせないことだと考えていたからであり、神々が明らかにすることをお望みでない事柄を探求する者は、彼らに気に入られはしないだろうと思っていたからである。(p.230)
また、彼は算術を学ぶことも奨励したが、ほかの科目と同じように、これについても無駄な勉強をしないように注意せよと言っていた。しかし、それが有益であるかぎりは、彼自身もあらゆる問題を仲間たちと一緒に考え、探求したのだった。(p.231)

ソクラテスがある種の事象(自然学的なものなど)について、知の対象とすることに制限・制約をかけていたらしいことがわかります。その基準は、人知が及ばない事象(神の領域に属するような)、学ぶことが無駄となるような、答えの出ないような事案、ということのようなのですが、プラトン的なソクラテスが、なんらかの対象について「知る」と吹聴する相手に議論をふっかけ(ているように見えますね)、その相手の無知・不知を引き出していくのは、決まってそうした「制限・制約」を逸脱した相手に対してだということが推察されます。

クセノフォン的なソクラテスは、本文にも出てくるように、助産婦的な役割を担い、いろいろ思い悩んだりする若者に、しかるべき忠告を与え手を差し伸べ、知を広げる手伝いをする善良な人物のイメージです(もちろん、凝り固まった相手などには、厳しく追い込んでいく姿も活写されてはいるのですが)。要するにそれは、制限・制約の手前にある対象についての話なのですね。

その制限・制約は具体的に何を指すのか、なにゆえに必要とされ(有益性と言われていますが、では有益性とは?)、それを踏み越えるとどうなるのか、といったあたりが気になります。広範に整理してみたいところですが、誰かやって論考にでもまとめてくれないかなあ(他力本願)。

「不知の自覚」とは

これにも関連しますが、ちょうど青土社の『現代思想』6月号が「無知学/アグノトロジーとはなにか」という特集を組んでいて、そこに納富信留氏が「知らないということ」という論考を寄せています。

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ソクラテスの「不知」は、そもそも相手をへし折るためになされる議論ではなく、納得のいく答えが今度こそ得られるのではないかという希望が前提にある、と納富氏は強調します。ソクラテスの不知は誤解にまみれているというのですね。

ソクラテスが対話の最初に自分は「知らない」と宣言し、対話編の最後で結局はその不知を確認するだけになっているとしても、ソクラテスは不知の自覚にとどまりつづけているのではなく(不知の知覚そのものの維持が難しい、と納富氏)、絶えざる探求を続けてはじめて、自己と知との関わりが真に見極められるのだ、とこの論考は核心部分で述べています。

ソクラテスによる「知らない」という表明は、探求初期に必要な浄化の下準備などではなく、探求の全体をつうじて最後まで基礎となる決定的な自覚であり、それのみが真に知への関わりを可能にする条件だと言えるはずである」(p.413)

とはいえ、一つ疑問なのは、ではソクラテスは弟子たち(というか、集まってくる若者たち)に、そのような過酷ともいえる探求を奨励していたのかという点です。どうもそうとは思えないふしがあります。上に示したように、弟子たちへのソクラテスの接し方は「助産婦的」なものだったとされるわけですが、そのことと不知の自覚はどう関連するのでしょうか。もちろん、思い込みによる「知の確信」を戒めていただろうことは十分考えられますが、それ以上に踏み込んだ不知の自覚への手ほどきはありえたのか云々。このあたりが、あまりクリアに見えてこないようにも思われます。プラトンとクセノフォンのソクラテス像の違いもあり、このような単純そうに見える問いでも、探求・考察の途はそう簡単ではなさそうです。